写真・しゃしん・シャシン

思うこと、いっぱいあって今を書き留めておきたい。 風景写真にポートレート。 忙しく撮影に駆け回っている。 そんな日々のつれづれを書き綴っています。 お暇がありましたらお付き合いくださいませ。

モデルさん募集
ポートレートサークル「Pam’sG」
プロフィール

H.T House 田口

Author:H.T House 田口
北海道の広大な風景とポートレートなどを撮影しています。
写真に関するあれこれを綴ってゆきます。
私のHPは下のリンク「Northern Gallery H.T House」です。
お暇がございましたら、お立ち寄りくださいね。

Northern Gallery H.T House
http://www005.upp.so-net.ne.jp/h-taguchi/

尚、このブログ内の写真、その他のコンテンツはすべて著作権で保護されております。

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恒例、写真展

2006.12.31

category : ポートレート

今年も恒例の写真展があります。
といっても、写真展は年明けの3日から14日までの開催なんですがね。
今年は余裕で写真も選び終わり、搬入も無事終了。

今回の写真展は、私も良く参加させていただいている「フォトタイム」さんの主催です。
私は3枚ほど出展させていただきます。
この「フォトタイム」さんの撮影会には2年半ほど前からですね。
ポートレートの撮影を始めた頃は、冬の間の撮影は皆無でした。
こうした撮影会は、ほとんどが屋外での撮影。
寒さの厳しい北海道では、冬の間は撮りたくても撮れないのが当たり前でした。
ですから11月から5月の連休までは、一枚も撮らないといったことがありました。
この冬の間に室内での撮影を行っていることを知って、嬉しく思ったものです。

前回のグループ展ではドタバタになってしまいましたので、今回は早めにセレクト。
まぁ~、三枚だけですからあわてることも無いのですが。
しかし、この三枚を選ぶのも、なかなか大変な作業であるわけです。
気に入った写真はスキャナーでデータ化してありますので、まずはモニターでチェック。
大方ふるいにかけた後で原版のポジで再確認するわけですが、このポジを探し出すのがチト苦労します。
そもそも、整理整頓まるでダメ。
ズボラが服を着ているような私ですから、どの写真が何処に収まっているかなんて皆目解らん。
やっと見つけ出したポジをルーペでチェック。
ピントや傷は無いか、などを調べます。
モノクロのネガの場合はプリンターで印刷。
濃度をいろいろ調整しながら、プリント見本を創りあげます。
ポジであればダイレクトプリントで仕上げれば、色調や濃度はほぼ問題なく出来上がりますが、ネガの場合はちょっと違います。
しかも、このモノクロという写真は、ちょっとした濃度の違いでまるで印象が変わってしまいます。
かならずプリント見本を添えて大伸ばしに出さないと「あれれ?」ということになりますので注意が必要。
さて、今回はどんな反響が聞けるでしょうか。

お正月でもありますし、お暇がございましたらぜひお立ち寄りくださいませ。

2007年1月3日~14日(16時まで)

札幌市中央区大通西4丁目6
光映堂本店 2F ギャラリー
TEL 261-0101
営業時間
平日   8:40~19:00
日、祭日 9:00~18:00







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tags : ポートレート 写真 モデル 撮影会 写真展 

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たそがれ清兵衛とライティング

2006.12.28

category : ポートレート

テレビで見ることが出来た。
たしか二度目かな?
宮沢りえって、良い女優さんになったもんですね。
驚きました。
さて、この映画で絶えず感じられるもののひとつに「情」があると思うのです。
「なさけ」ではありません「じょう」です。
つまり情感ですね。
日本映画であり時代劇ですから当然のように思えますが、日本の日本人が感じる情を強く意識しますね。
ハリウッドのドカンバタンの映画とは、ちょっと違います。

 先日の撮影会でのこと、窓辺から差し込む日差しに気がつきました。
この時期は3時頃になってくると、もう日が傾き太陽のも少しオレンジ色に変わってきます。
この日は朝から雪。
室内は暗く撮影できる場所は窓辺くらいしかありません。
当然、照明をつけて撮影することになるんですが、それは仕方がありませんね。
撮影も終盤に差し掛かった時、ふと気がつくと窓から淡いオレンジの日差しが差し込んでいる。
これを使わない手は無い。
あれこれとライティングに工夫を凝らして創りあげたに比べ、自然による一筋のにはこの「情」が感じられるんです。
そこには季節感や時の流れを見ることが出来る。
それは日常、我々が目にしている実体験であり記憶の中に刻まれた生活感なのかもしれない。
そうしたを見たとき、どこか心の中に郷愁や叙情といった安堵感を覚えるのだろう。

 ライティングは奥が深く、難しいものです。
写真を少し続けているとこうしたライティングにも当然、神経を使うようになります。
ところが、単に明るくするだけのライティングであったり、影を消すためのライティングで終わってしまう。
1灯つけると影が出る、それを消そうとまた1灯当てる。
そうして、どんどんつまらないが出来上がり、明るくなったから「さぁ~写しましょう!」。
もちろん、そうしたライティングの技術は大変大事であり、熟練が必要であることは言うまでもありません。
撮影会などでは誰もが写せるように、こうしたライティングを施す必要があるわけですから精通している人がいてくれなくては始まらないわけです。

 つまり、そこに光があるのなら、その光を確かめたい。
照明の明かりではどうしても演出できない、人が感じる「情」。
これが写真に命を与えるから。

 思うような写真が撮れたかというと、まだまだそこには至っていませんがこの日の収穫を見つけ出すことが出来た。
次回、もし同じ場所で撮影できたなら、もっと良いものを創りたいですね。







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新人のモデルさん

2006.12.25

category : ポートレート

 このところ、新人のモデルさんを撮る機会が多い。
当然ぎこちない動きで、緊張がなかなかとれない。
それは当たり前のことですね。
いきなりたくさんの人から、一斉にカメラを向けられるなどと言う経験は無かったわけですから。
どうしてよいのか、解らなくなるのが普通です。
自然な笑顔と言われても、これまで経験したことが無い状況で自然に振舞うことなど難しいでしょう。

 思えば撮影会などという場所は、非日常の世界なんです。
ありのままにとか、自然に、というのは日常だから出来るんですよ。
モデル撮影会に限らず写真を撮られるということは、そんなに日常的にあることではありません。
ですから新人のモデルさんにとっては、これが一番難しい指示であったりするわけです。
そこら辺に気が付かないカメラマンは、自分のおもうままに動かそうとするわけですが混乱を招くばかりとなります。
むしろ、そうした指示よりごく単純なことに集中させてあげるとモデルさんは落ち着きを取り戻し、自然な振る舞いを見せてくれるものです。
 
 モデル撮影会というのは一見日常のように思えるけど、まったく違う。
それは撮るほうも撮られるほうも解っている。
つまり非日常であることにはある安心感があって、それは写真を撮るという目的の上で双方が納得している必要がある。
新人のモデルさんがそれを理解できると、すっと肩の力が抜けるものなのだ。

 こんなふうに書いていくと、撮影会などという物はまるで絵空言を写真に収めているように聞こえてしまいますね。
確かにそうなのかもしれません。
「ありのまま」の生活や姿を写真に収めるというのは、写真表現としてはそれだけ高度で密度の高い時空を写真に納めなくてはいけない。
それは時にはモデルさんにとって苦痛となる可能性を持っている。
カメラマンとモデルとの距離がそれだけ近くなくては撮れない世界だからです。
 だからこそ自分が撮りたいと思っている写真を思い通りに撮るには、撮影会より個人撮影だということになる。

 個人撮影をやってみたいと思っている人のお話を聞くと、「時間が持たない」という悩みを持っているようです。
一対一で撮影を続けるのは、モデルさんだけでなくカメラマンにも大きな重圧を背負います。
それはモデルとカメラマンとの距離が撮影会とは明らかに違うからで、そこに日常が入ってくると、とたんに破綻することになるからです。







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写真雑誌

2006.12.23

category : ポートレート

写真雑誌と言えば良いのか?
いや、カメラ雑誌と言った方が良いのでしょうね。
わざわざ、デジタル○○などと謳っている本も在りまして、随分と種類も多くなりました。
それだけ、写真を楽しむ人の数が増えたのかな?
でもなぜ、「デジタル」と謳わなければならないのか、なんだか不思議。

 そこで、またしても、ちょっと立ち読み
あまり写真雑誌は読む方ではありませんが、数冊を見てみると・・・・。
どちらかというと若者向け?
あるいは初心者向けと言えばよいのでしょうか。
その雑誌には可愛いモデルさんのポートレートが載っていますね。
いま流行のメイド服ですが、この衣装、やたらと胸が大きく開いています。
これまた流行のエロナントカというやつかな?

さすがにプロです。
スタジオのライティングも素晴らしく、とにかく綺麗に撮れています。

しかし・・・・・、残念ながら私にはそれ以上のものが伝わってこない。
このカメラマンは何を撮ろうとしているのか・・・・、さっぱり見えてこない。
可愛い女の子を可愛く写す。
そう、いま流行の衣装で。
モデルさんはアイドルそのもので、胸の露出も愛くるしい表情もちゃんと出来ています。
もちろん、カメラマンのせいではなくて、こうした写真が読者受けが良いだろうと考える編集者の方針なのでしょうが。
さてさて、困ったな。
まぁ~、商売ですから売れなくてはいけないわけでして・・・・。

ところで、この雑誌は男性雑誌だったっけ?
写真雑誌というのなら、もう少し「写真」を見せて欲しいもんです。

ということで、おしまい。
書くことありません。

*本文と写真との関係は有りません。







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デジカメと銀塩と その2

2006.12.20

category : カメラ・レンズ

 さて、デジカメ銀塩のお話の続きを少し。

 デジカメ銀塩カメラも、写真はみな理屈で成り立っていますね。
光の量を絞りとシャッターで制御し、レンズの描写力で結像させます。
光による化学反応であった銀塩写真が、今は電気信号に取って代わろうとしています。
 しかし、良い写真の条件は理屈でははかれません。
それは人が持つ感性によって創られ、判断されるからです。
つまり、カメラはあくまでも道具であると言うこと。
しかし、出来上がってきた写真に少しでも表現力を与えたいのなら、今のところ銀塩写真に軍配が上がるでしょう。
この表現力こそが写真に命を与える。

 とくにCCDの小さなデジカメ銀塩に比べるとレンズの画角が望遠側にシフトされてしまいます。
そうなると、同じボケを得ようとしても思うようにならない。
ボケや超広角の歪みなどは写真ならではの表現ですから、こうした絵作りを使わない手は無いわけです。
もちろん、デジカメにも良いところがあります。
レンズのイメージサークルの中心部を使うわけですから、口径食や周辺光量落ちには有利なわけです。

 暗いところで撮影するなら、デジカメの感度を上げてやると簡単に撮れる訳で、明るいレンズなんて必要ない。
便利なズームが一本あれば、それでOK。
ズームのリングをくるくる回して、出来上がり。
これでは、表現に工夫や幅を持たせようと考えなくなるのもうなづけます。
そもそも、明るいレンズと暗いレンズの違いは絞り二段の違い。
なのに値段がずいぶん違う。
そんなふうにしか認識していない人も多いのかもしれない?
短焦点とズームの描写の違いをきちんと認識して使い分けている人は、はたしてどれくらいいるだろうか。

 現像が上がってきて、そのポジを覗き込むときのワクワクする気持ち。
最高の一枚を手に入れたときの、あの天にも昇るような至福の一瞬。(これはめったに無い)
そして、ボツ写真ばかりだった時の、奈落の底に突き落とされたような絶望感。(これはしょっちゅうある)
そんなこんなを含めて、銀塩写真の楽しさを知らずに過ごすのはもったいないと思うのです。

Distagon 35mm F1.4





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痩せすぎのモデル

2006.12.17

category : 痩せる

 イタリアでも、痩せ過ぎのファッションモデルはモデルとしてステージには立てなくなるそうだ。
政府がファッション業界に対し声明し、モデルさんの健康状態をチェックするなど業界はそれを遵守することになる。
スペインから始まったこうした流れは、今後全世界に広まってゆくだろう。
ブラジルでは拒食症のモデルさんが死亡する、といったことまで起きているのだから深刻だ。

 若い女性が憧れるファッションモデル
恵まれたスタイルが彼女たちの武器だ。
女性から見て羨ましいと思うそのスタイルが、一般の女性に与える影響を無視できないと言うことなのだろう。

 拒食症などの、いわゆる摂食障害は病気である。
それは心の病なのである。
そこに、痩せていなくてはいけないという観念、痩せていなくては生きている価値が無いといった捻じ曲がった強迫観念に心が冒されてしまっているからだ。

 以前にラジオの人生相談を聞いていて、こうした病気の女性からの相談を聞いたことがある。
「太るくらいなら、死んだ方がまし」と彼女は言った。
それならば、何故、彼女はわざわざ電話をかけてきたのか。
苦しんでいるからでしょう。
今の自分ではいけないと思っているからでしょう。
自分でも、そこに気が付いていないのだろうか。
つまり、そこが病気なのだ。
今の自分ではいけない。
助けて欲しい。
何とか健康な自分を取り戻したい。
そう思ったからこそ、相談の電話をかけたわけだ。
まず、そこに気がつかなくてはいけない。
幸せになるんだ。
という強い意志と私は今、病気にかかっている。
その病気を治すんだ。
という自覚なしには、改善は進まないのではないだろうか。

 男性からみた女性のスタイルは、決して痩せすぎの女性に魅力を感じるものではない。
どうみても健康的とは思えないスタイルの女性は、美しさや性的魅力などという前にその不健康さに嫌悪感を覚えるものだ。

 健康的な若い女性は皆、美しいものだ。
輝いていて、愛しいものだ。
その魅力のすべての根源は心身ともに健康であるということ。

女性は、あったかく、やわらかく、良い香りがする。
そこに私がカメラを向ける理由がある。

初冬の哲学の木





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デジカメと銀塩と

2006.12.15

category : カメラ・レンズ

 カメラの電池を買いに行って驚いた。
以前は980円程度で売っていた電池が1480円。
どうしてこんなに高くなったのか・・・。
フィルムカメラを取り巻く環境が悪化していることは承知のことだが、この電池もその影響なのだろうか。
デジカメは、あっという間に普及し長い写歴を持つ人もデジカメを使っている。
便利であること、コストがかからないことなど、利点はいろいろあるだろうが画質に満足しているという声は聞こえてこない。
初めて手にしたカメラデジカメ
そんな人がこれからは多くなるのでしょう。

 先日の撮影会で、私のカメラを興味深げに見ている人がいました。
いかにも重そうで、しかも年期が入っているものですから、ところどころ塗装もはげています。
地金が見えてきているんですね。
ちょっとファインダーを覗かせると、声をあげて驚く人もいます。
ズームしか使ったことがない人には、豊かにボケている画像は新鮮に見えるのでしょう。

 デジカメは次から次へと新製品が登場しスペックも良くなっているのでしょう。
買い替えも昔では考えられないほどのスピードのようです。
デジカメしか使ったことが無いという人がおられたら、ぜひ銀塩カメラの使用をお薦めしたい。
必ずやその表現力に驚かれることだろうと思う。
デジカメには原版がありません。
データという実体のない画像を見ようとすると、モニターかプリントで見るわけですから本当の色がわからない。
自分はどんな写真を撮ったのか、どれで確かめても果たしてそれが本当の色で再現されているのか・・・・。
そこになんとも頼りない、手ごたえの無い虚無感を覚えるのは私だけでしょうか?

hb.2.20.jpg





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レタッチ

2006.12.12

category : ポートレート

 本屋さんで少し立ち読み。
ポートレートレタッチ虎の巻き」という特集記事が目に付いた。
読み進むうちにちょっと疑問を感じた。
明るさや色調を整えるまでは解るが、目にキャッチアイを加えたり、肌に色をつけてみたり・・・・。

 レタッチは何処まで許されるのか。
そうした話題はこれまでも耳にしてきたことだ。
そもそも私はデジカメを使っていない。
風景や花の撮影はすべてポジを使い、ポートレートもカラーはすべてポジ。
モノクロポートレートだけC-41処理のネガカラーだ。
それをフィルムスキャナーで読み込んでいる。
風景、花はレタッチしない。
ポートレートのポジは明るさを調整するくらいで、モノクロだけは少しレタッチを施すくらいだ。

 自分なりに基本線を引いている。
風景や花は、その色彩自体が写真の大きな要素を占めている。
レタッチひとつで、平凡な夕焼けが一生に一度見れるかどうかの荘厳な夕焼けに変わってしまう。
これでは写真ではない。
したがって、色調や彩度には手を加えない。
ポートレートも基本的には同じだが、明るさの調整をわずかに加えるくらいだ。
これはプリントした時の濃度の調整と同じで、ごくわずかに調整するくらいにしている。
適正な露出の写真をハイキーやローキーにする、といった事はやらない。
あくまでも、原版に忠実になるようにを基本としている。
モノクロの印画紙焼きは、印画紙の号数を変えたり覆い焼きなどの暗室作業が昔からされていた。
せめてそこまでのレタッチにとどめている。

 デジカメにはそもそも原版が無い。
したがってプリントされたその写真が、忠実に再現されているのかも解らない。
もっともこれは、銀塩でも使うフィルムによって随分と変わるので現実の色やコントラストに忠実かと言えば疑問はあるのだが。
ところがやっぱりデジカメで撮影された風景写真は、本当の色がわからないのでコメントの仕様が無い。
はっきり言って、デジカメで撮ったと聞いただけで、もう見る気がしなくなってしまう。
同様に、ポートレートでも不自然な色調の写真を見ることがある。
これは、カメラのせいなのかプリントのせいなのか・・・・・。
結局、うそ臭いとしか言いようがない。
何を信じたらいいのだろうか、私には解らない。
銀塩でもプリントはデジタル処理されているものもあるようで、そうなるともうお手上げなのだ。
結局、デジカメでも銀塩でもこうしたレタッチの有る無しを考えること自体が意味を成さないということか。

 それにしても、モデルさんの瞳にキャッチアイを入れたり、まるでファンデーションを塗るように肌の色を変えてしまうのはどうだろう。
「良い写真ですね。」という感想よりも「レタッチがお上手ですね。」と言われたほうが嬉しいのだろうか。

 もちろんレタッチによって、非現実的な世界を作り出すことも可能だ。
それ自体がアートとして存在することに可能性を見ることが出来る。

写真に何を求めるのか。
結局は、そこが問題なのではないだろうか。

Distagon 35mm F1.4





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依頼人の登場です。

2006.12.10

category : 花の写真

 数年ほど前に自分のHPを立ち上げてからと言うもの、もっぱら写真はそちらで公開することになった。
今では、コンテストや雑誌の投稿もしていない。
今更、雑誌にデビューというのも、なんだか気恥ずかしいしね・・・・。
まぁ~、気が向いたら考えてみようかな。

 HPでご覧いただいていると、直接お逢いした人ではなくてもいろいろな方から感想をいただいたり、時には困った依頼もいただきました。
一番驚いたのは、選挙のパンフレットに写真を使わせて欲しいという依頼だ。
九州のある町で、市長に立候補する方からの御相談でした。
これにはちょっと困りましたね。
政治や宗教のお話は遠慮したいところなのですが、どう答えて良いものなのかしばらく悩みました。
何しろお逢いしたことも無い方ですし、政治思想や信念、経歴もわからない方の選挙に少なくても関わってよいものなのか・・・・。
メールでやり取りをさせていただき、どんなパンフレットなのかを見せていただきました。
結局、お貸ししたのですが、その後しばらく経ってからめでたく当選されたとのメールをいただき、ホットしたことを覚えています。

 それから、こんな依頼もありましたね。
某市の科学館では毎年、プラネタリウム内で演奏会があるのだそうです。
パンフルートや弦楽曲を演奏するそうで、同時にスクリーンに私のHPで公開している「壁紙」を写したいというのです。
そもそも私は、こうした音楽と映像との融合には興味がありました。
Web上での画像なので、スクリーンに大きく写された時には画質の粗さが目立ちはしないか、心配でしたがそれもすでに試験済みとのこと。
私の義理の兄の出身県でもあり、お貸しすることにしました。
出来れば私も見に行きたいくらいでしたが、なにぶん遠すぎる。
どんな様子だったのか、写真でも送っていただけたら嬉しかったのですが・・・。
やっぱり、どんな反響があったのか気になりますね。

 どんな形であれ、私の写真を喜んでくださる人がいてくれるのは有り難いことです。
ポートレートにしても、モデルさんが望むのであればたいていの写真は差し上げています。
そうそう、雑誌に載ればモデルさんも喜んでくれると言ったお話をお聞きしたことがあります。
そうでしょうね、モデルさん自身も全国紙に載ればさぞかし励みになることでしょう。
それであれば、雑誌への投稿も意味があるかもしれません。
モデルさんにはそれくらいしか恩返しが出来ないですから。

それにしても、そんな時間どうやって作ればよいのか・・・・。
やっぱり無理かも。

美瑛の丘にて





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何を撮りたいのか

2006.12.08

category : ポートレート

 その写真で何を表現したいのか、きちんと伝わってくる写真には共感するものです。
いや、端的に言うと良い写真ですね。
ポートレートひとつとっても、闇雲に目線を投げかけてくるモデルさんを正面から撮っても、何を意図して撮っているのか解らない。
「可愛いモデルさんだね。」
としか答えようがありません。
いい表情をしている?
確かに悪い表情ではないけど、何を撮りたかったのかが解らない。

 長いことポートレートを撮っていると、同じモデルさんを撮る機会も多くなりますね。
なかにはお気に入りのモデルさんもいることでしょう。
そのモデルさんの、どこがお気に入りなのか。
それは好みの問題。
その「好み」が、それこそ問題なのです。
好みのモデルさんしか写す気になれない、というカメラマンもいますね。
特定のモデルさんは熱心に撮影するけど、他のモデルさんには見向きもしない。
つまり、そのモデルさんの顔、形が自分の好みで有るか無いか。
多くのカメラマンは、そんな好みでモデルさんを選んでいるようです。

「モデルの○○ちゃんを写す」のが目的ならば、その写真は大成功でしょう。
可愛いモデルさんの、可愛い写真が出来あがることになんら問題は無いわけで、きっとモデルさんも喜んでくれるはず・・・。
とは限りません。

モデルさんの眼を見くびってはいけません。
可愛いモデルさんの写真はいくらでもあります。
カメラマンは自分が写っている写真を見る機会は少ないでしょうが、彼女たちほど自分が写っている写真を見る機会が多い人はいません。
優れたモデルさんは、優れた写真を見る眼を持っています。
実際、わたし以上に勉強し、多くの写真展に通っているモデルさんもいます。

 大事なのは写真としての完成度。
残念なことに、そこを勘違いしているカメラマンは大勢います。
問題なのは「モデルの○○ちゃんを撮る」のが目的なのか「質の高い写真を撮る」のが目的なのか。
そこにあります。
出発点から間違っていては、出来上がってくるのはお気に入りのモデルさんのカタログ写真だけ。

06.03.19.p50.bw400.no7a.jpg




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冬の室内

2006.12.06

category : ポートレート

 さてさて、本格的な冬もやってきました。
この時期は、どうしても室内での撮影が増えてしまいます。
北海道でポートレートを撮ろうとすると、寒さが厳しい冬の間は仕方がないことではあります。
先日は、この時期としては暖かな陽気。
この暖かさならばと外での撮影をしましたが、私はどうも写す気になれない・・・・。
もはや枯葉一枚ついていない殺風景な背景では、どうにも絵になりづらいのです。
それならば、室内に射し込む自然光で撮っていたい。

 窓辺の光は、なかなか美しいものです。
カーテンの開き具合一つで、背景の明るさをコントロールできます。
つまり、背景をどのくらい暗くして、モデルさんに当てる光をどのくらい当ててやると良いのか。
そうした光を探し出しながら撮影できるのです。
そこにレフを併用してやると、いろいろな光を創り出すことが出来ます。
これは、なかなか楽しい作業です。

 照明を駆使して創りだす光とは違い天候などに左右されますが、窓があるならその光を使わない手はありません。
冬の陽射しは柔らかく、順光でも撮り様によってはきつく感じないものです。
むしろ太陽の位置が低いだけに斜光に近くなりますから、使いようはいくらでもあるのです。
夏では太陽の位置が高く、ほぼ真上から光が射し込みます。
そうすると、モデルさんの髪の頭頂部には光があたりますが、透過光で髪を光らすことは出来ない。
いわば、冬の間にしか出来ない自然のライティングなのです。

Planar 135mm F2.0




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お休み

2006.12.04

category : ポートレート

昨日は撮影もお休み。
お買い物に出て、カメラ屋さんを覗いて、行きつけの喫茶店でホノボノ・・・・。
平和な一日でございました。

さて、とうとう12月。
一年で一番嫌いな時期になってしまいました。
何が嫌いと言って、とにかくあわただしい。
落ち着かないのです。
年内に、あとどれくらい撮影できるかな?
きっと、なんだか落ち着かなくてロクな写真が撮れないような気がします。

年明けには東京にいるモデルさんも帰省します。
今度はどんな写真にしようか・・・・・。
いまだ、さっぱり構想が浮かびません。
どうしようか。

ひとつだけ、ぼんやりと見えているのは「都会の中での撮影」。
ネットで知り合った大阪のカメラマンさんは、ごみごみとした街の中で撮影しています。
もちろん、都会らしいおしゃれな建物をロケ場所に使うこともありますが、路地裏なんかでも撮影しているんですね。
それが、ちゃんとポートレートになっているから不思議です。
北海道に住んでいる私にとっては、そうした場所での撮影を思いつかないものです。
とくに北海道らしいロケ場所を選んでいるという訳ではないのですが、路地裏のポリバケツや電柱が写り込んでしまう場所で撮影をしようという発想が無い。
札幌は全国で5番目の都市だそうです。(たしか・・・)
東京、大阪、名古屋、横浜、そして札幌。
それだけの都会ですから、街の中での撮影だって出来るはず。

ちょっと退廃的な都会の闇とけだるさ・・・・。
そんなコンセプトも面白いかも・・・・・。



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ちょっと気になるレンズ

2006.12.03

category : カメラ・レンズ

 私が時々訪れる喫茶店のマスターは、もとカメラ店の店員さんでした。
したがってここの常連のお客さんは、写真を趣味としている人がほとんど。
そのお店にツァイスの本が置いてありました。
その中にプラナー100mmF2.0で撮られた写真があります。

 いろいろな本を読んでみると85mmほど個性も無く、面白みに欠けるレンズのような印象を持っていました。
それでも、常用レンズにあげるプロカメラマンもいるようで、どうもつかみ所がない。
しかもこのレンズ、一度は製造中止になったそうなんですが、根強いファンからの要望により復活したというからやっぱり良いレンズなのかな。
どうも、85mmの陰に隠れて話題に上がることもなく埋もれてしまった不運のレンズなのかと思ってしまう。

 その写真は、モノクロで女性ポートレートを撮ったものなのですが、これが良い。
なんともいえない柔らかい階調。
滲み出すボケ。
こうした写真が好きですね~。
私はそもそもピントのシャープさを求める方ではありません。
むしろピントが曖昧なくらいに柔らかい描写に魅力を感じます。
決してピンボケではないのに何処と無く曖昧。
結局それがファジーな美しさを作り出している。
シャープなのか、そうではないのか・・・・。
良く見ると、きちんと細部まで描写されている。
でも何処と無く柔らかい。
不思議なトーンが全体を覆っている。

 絵画では、まるで写真のように精密に描かれた絵を見ることがあります。
でも、近づいてよく見るとやっぱり絵だったとわかるものです。
この写真は、ちょうどそれの逆のような気がします。
ひと目見て写真だと解るのですが、まるで絵画のよう。
そう、絵筆のタッチが残っているとでも言えばよいでしょうか。

 ちょっと気になるレンズです。
このところ、レンズを買い足すことも無くすごしてきましたが、このレンズは持っていても良いかな?
そんな気にさせるレンズです。
しかし、100mmという焦点距離はちょっと苦手なんです。
ずいぶん昔に私のいとこがこの焦点距離のレンズを持っておりまして、使わせてもらったことがあります。
当時、私は高校生。
当然、標準レンズしか持っていなかったのですが、その調度1/2倍の画角。
これがあまりにもきっちりと1/2なので、面白みが無いな~と感じたのを覚えています。
ズームレンズなど一般的ではなかった頃のお話なので、きっとそんなふうに感じたのでしょうね。
どうもこの時の感覚がトラウマとなってしまったようで、100mmという焦点距離に興味が湧かなかったのです。
花の撮影をするようになってから100mmマクロを使うようになりましたが、ポートレートの撮影に持ち出すことは皆無でした。

 う~ん、持っていても良いけど、どれくらい使う機会があるだろうか・・・。
不安に感じつつも、ちょっと気になるレンズです。
皆さんが新しい機材を買い足そうとするとき、あるいはそれを思いとどまる時には何が決め手になっていますか?
やっぱり、値段でしょうか?
それとも使用頻度?



tags : ツァイス プラナー モノクロ レンズ ポートレート 

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表現の幅

2006.12.01

category : ポートレート

 写真を何年も続けていると、自然にその人なりの撮影スタイルというものが出来上がってくるようです。
撮影スタイルと言うのも解りづらいですね。
「撮影方法」という意味ではなく「作風」と言う意味です。
おのずと好みの写真というものが見つかり、えてして同じような写真ばかりになりがちです。
特に人物と向き合うポートレートは、好みがはっきりと出るようだ。
モデルさんの好みはこの際おいて置きますが、出来上がった写真にはその人らしさがみてとれます。
美しいボケを好む人。
とにかくピントにこだわる人。
使うレンズやカメラにこだわる人。
自然光でしか撮らない人。
スタジオでの撮影に興味が無い人。
タングステンの光が嫌いな人。
実にさまざまだ。
しかし、どれも「作風」と言うのにはちょっとおこがましい。
せいぜい、好みやこだわりと言ったところでしょう。

 好みをあれこれ論じるのは勝手ですが、こだわりを通り越して囚われてしまっている人がまた実に多い。
ピントや露出を合わせるのにやたらと時間をかけている。
それでも「ピントの外れた写真を撮るのは死んでも嫌だ」という信念を持っている人もいる。
思わずこちらの頭の中は ???? となってしまう。
出来上がった写真を見て、「モデルさんの表情がすこし硬いな~」
それはそうでしょう、あんまり時間をかけるものだからモデルさんもシラケ顔になってしまっている。

また、こんな人もいましたね。
露出は総てマニュアルであわせる。
露出計を使わないで撮影するのです。
出来上がった写真を見て、これは少しアンダーだ・・・。これは合っている・・・。
良い写真とは露出が合っている写真の事だと勘違いしている。

 極端な例だとは思いますが、実際に私の周りにいるんです、こういう人。
悪い意味で撮影スタイルが出来上がってしまっていて、そこから一歩も抜け出すことができない。

 評論家気取りのカメラマンも多いですね。
とにかく人の写真を評論するのが好きな人。
しかも欠点ばかりをとりあげて、決して良い作品を褒める事はしようとしないのは何故なのでしょう。
欠点を指摘するのは、少し経験のある人なら誰でも出来るんです。
ところが実際の撮影現場で「こうしたほうがうまく行くよ」「何故なら○○だから」と撮影前に理論的に説明できる人はあまりいない。

「そういう写真は好みではない」
といって撮ろうとしないのは、もったいないですね。
自ら表現の幅を狭めてしまっている。
あらゆる条件で最良の写真を得るべく、表現方法の幅を広げておきたいものです。
その時その時で、一番効果のある表現方法を自在に駆使する。
「この暗さじゃ撮れないよ」
と言って、カメラを向けない人もいますが、まったく撮れないはずは無いんですね。
暗ければブレを起こすのは当たり前。
ではそのブレを使って写真に力を与えることは出来ないか。
照明を持ってきて明るくなりましたから撮りましょう・・・では何を撮っても同じような写真しかできないでしょう。

撮るのはカメラであって、表現方法を決めるのがカメラマン
どんなに暗くてもカメラは文句を言いません。

そんな事が可能になって初めて「作風」というものが身についてくるのではないでしょうか。
いや、「作風」というのはそんな小手先のテクニックとは無縁のものかもしれませんね。
カメラマンの対象に向かう姿勢そのものが「作風」ではないだろうか。
どんな条件でもそつ無くこなすのも大事かもしれませんが、独自の視線を持って一貫した個性を追求する。
そんななかから、作風は生まれてくるのかもしれません。

いずれにしても、こちらはアマのカメラマン
「作風」などという大それた事を考える必要も無いわけですが、撮影スタイルが決まってしまい知らぬ間にそこから抜け出すことが出来なくなるのはありがちなこと。
時には冷静に自分を見つめ、軌道修正できるだけの柔らかい頭を持っておきたいものです。



tags : ポートレート モデル カメラマン ピント 作風 

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